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エドガー・ケイシー流 まぁるい 生活: 0583:黙示録ー神から伝えられた、私達への預言の書

0583:黙示録ー神から伝えられた、私達への預言の書

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   ◆◇◆ 黙示録ー神から伝えられた、私達への預言の書 ◆◇◆ 583号
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(有)テンプルビューティフルの光田菜央子です。


ケイシー流の解釈については、過去何度か黙示録はメルマガやブログでもご紹介して
いますが、今日は私が最初にケイシー流の黙示録に触れることになった第10章を少し
ご紹介。 この章もなるほど!の一章です。


さて
ヨハネの黙示録第10章には、こんなことが書かれています。

『また私は、もうひとりの強い天使が、雲に包まれて、天から降りて来るのを見た。
その頭上には虹があって顔は太陽のようであり、その足は火の柱のようであった。

その手には開かれた小さな巻き物を持ち、右足は海、左足は地に置き、獅子がほえる
ときのように大声で叫んだ。天使が叫んだとき、七つの雷がおのおの声を出した。

七つの雷が語ったとき、私は書き留めようとした。すると天から声があって「七つの
雷が言ったことは封じて、書きしるすな」と言うのを聞いた。

(中略)

それで、私は天使のところに行って「その小さな巻き物を下さい」と言った。すると、
天使は言った。「それを取って食べなさい。それはあなたの腹には苦いが、あなたの
口には蜜のように甘い」

そこで、私は天使の手からその小さな巻き物を取って食べた。すると、それは口には
蜜のように甘かった。それを食べてしまうと、私の腹は苦くなった。

そのとき、彼らは私に言った。「あなたは、もう一度、もろもろの民族、国民、国語、
王たちについて預言しなければならない。

以下略』


10章に書かれていることをかいつまんで言うと、こんな情景が浮かんできます。

ヨハネの目の前に天から天使が降り立った。天使は両足で地と海の両方を踏みしめて
立ち、手には巻物を持っていた。ヨハネがその巻物を下さいと天使に言うと、天使は
ヨハネに巻物を渡しながらこう言った。

「その巻物を食べなさい。それは口には甘く腹には苦い」

天使はさらにこうも言った。「あなたはもう1度、預言をしなければならない」


これが新約聖書の最後を締めくくる「ヨハネの黙示録」に書かれている物語です。

映画でも小説でも音楽でも、ラストに何を持ってくるかはとても大事です。制作者は
ラストで自分の言いたいことをまとめたり、読者や聴衆者の心に余韻を残す仕掛けを
したりします。

では新約聖書をまとめた人は、「ヨハネの黙示録」で何を伝えたかったのでしょう?
イエス・キリストのたどった道を伝えたあとで、いったい何を私達に遺したかったの
でしょう?

上記の文章から何か見えてくるでしょうか?

ケイシーが述べているように、『自分にとって意味のある霊的成長の道しるべや物語』
が、物語の中から読み取れたでしょうか?


これだけを読むと、推測するのはちょっと難しいですよね。


ケイシーはリーディング中、黙示録を解釈するためのヒントをいくつか残しています。
それを知っておくと、黙示録の他の章を読んでも、自分の夢解釈をする時にでも、同じ
象徴が出てくるたびに「あ、これはあのことかな?」と容易に推測できるようになって
きます。

例えば上記でご紹介した『右足を海、左足を地に置いた天使の姿』にも、あるヒントが
隠されています。

ケイシーによると、たいていの場合、黙示録に書かれている「地」とは顕在意識、
「海」とは潜在意識(無意識)を顕しています。

つまり、この2つを同時に踏みしめている天使は、単なる天使ではなく、2つの意識-
-顕在意識と潜在意識の両方の上に立つ、制御できている天使である、ということが
推測できてきます。


その2つの意識を制御している天使。ヨハネに巻物を渡し、食べろと促します。

そしてヨハネがその巻物を食べると、それは口には蜜のように甘く、腹は苦かった・・・。


では、巻物を食べるとは、いったい何なのでしょう・・・?

ケイシーによると、巻物とは私達の霊性を高めるような方法や教え。このメルマガを
読んで下さっている方の本棚にもたくさん並んでいることと思います。あるいは、セミ
ナーやワークショップに時々参加したりして、その方法を先生から実際に学んできたり
もします。

スピリチュアルな生き方、方法を知るのはとても楽しく、ワクワクしますよね・・・。


しかし、天使はヨハネにその巻物を読むのではなく、食べろと要求しています。


食べるとは、自分の霊性を高める方法、教えを自分の人生に実際に取り入れること。
学んだ霊的な方法を実践し、生き(食べて咀嚼する)、自分の肉とする、ということ。

霊性を高める方法は、それを知ったり学んだりしているうちは、とても甘く美しい。
心地もよい。しかし、ひとたびそれを自分で実践し、咀嚼し、自らの栄養、肉としよう
とすると、とたんに苦く辛い道のりとなっていきます。

決して甘美な人生が始まるわけではありません・・・。

しかし、私達がしなければならないのは、そして要求されているのは、1人1人が霊的に
生きることを選択し、自らの人生の中で実践していくこと。

その道を自分の身とし、肉とすることなのです。

そして「もう1度預言をする」とは、公の社会の中でも、その霊的な方法を実行実践
するということ。内面的にも実践し、社会の中でも実践していく・・・。

ヨハネは天使からそう告げられたと、この10章では言っているのです・・・。


つまり黙示録10章でヨハネは、霊性に関することは単に読物として楽しむのではなく、
実際に自ら実行し、日常生活を送りながら魂を鍛錬をしなさいと私達に伝えているわけ
なのです。


おー! って感じがしませんか?


私がこの10章に書かれている解釈を聴いたのは、もう18年程前。それ以降、何度「口に
は甘く、腹は苦い」のフレーズを思い出してきたことか。何十回、何百回と思い出し
ながら、その苦さを味わってきました。

簡単な例でいうと、毎日同じ時間に瞑想をすることの大切さを本で読むのと、実際に
自分で日々実践するのとは全く違いますよね。とたんにその味は苦くなりませんか?
私にはとても苦いです・・・(涙)。


ヨハネの黙示録。
こんなトリビアがいっぱい詰まっています。夢解釈のヒントにもなってきます。

たとえ黙示録に書かれている象徴、シンボルの意味がすぐには分からなくても、自分が
日々、霊的な体験を深めていく中で、ある日突然、そのシンボルが自分の中で腑に落ち
てくる瞬間がやってきて、自分だけの黙示録が生まれてくる、かもしれません。

そこに書かれていることは、全て人が肉体的に精神的に霊的に体験することなのですか
ら・・・。

黙示録の意味を知って生きるのと知らずに生きるのとでは、その味わいが違ってくる
と思いますよ-。

そういう意味では、黙示録は、あらかじめ神から伝えられた、私達への預言なのかも
しれないですね(ただし、ケイシーリーディングを知らないと、ただ意味不明の難解な
書となってしまいますが・・・)。



それではまた!

(有)テンプルビューティフル メルマガ583号 2015年4月11日配信

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