エドガー・ケイシーを暮らしに活かす!ホリスティックの第一人者、Edgar Cayce専門サイトからあなたへ贈るメッセージ集

エドガー・ケイシー流 まぁるい 生活: 0147:苦難と困難を乗り越える・・・

0147:苦難と困難を乗り越える・・・

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        ◆◇◆ 苦難、困難を乗り越える・・・ ◆◇◆ 147号
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テンプルビューティフルの光田菜穂子です。

テンプルのHPのトップページには、短いですが、毎月、ケイシーの美しいリーディング
を紹介しています。
今月のリーディングは、下記のようなものでした。

「・・・川は生き方のことである。川を渡る道は、人間が存在するか、生きている期間で、
そのあいだずっと人間は現世を通ってゆくのである。ふたつの道がある。高いところの道
と低いところの道だ。高いところの道を行けば、普遍的な力の全体がじつによく見渡せる。
低いところの道は、つねに大勢の大衆の道である。『だれに仕えるかを選べ』」

このリーディングを読みながら、私はちょっと前の辛い時期のことを思い出していました
・・・。

・・・もうずいぶん前のことですが、私は人間関係のトラブルに巻き込まれ、精神的にも
物理的にも辛い時期を過ごしていたことがあります。そのトラブルの渦中で、多くの友人
を失い、仕事を失い、という状況で、長くて出口の見えないトンネルにはまりこんでしま
った私は、深い人間不信にもなっていました。

詳しい状況は書けませんが、「明日の朝、このまま目が覚めなければいいのに」と思いな
がらベッドに入り、朝、目が醒めると、まだ生きていることにガッカリくるような日々・
・・。毎朝、また新たな24時間が始まることが辛いと感じるような毎日でした。

でも、そんな私を、最終的に支えた思いは「人は目に見えていることで判断しているけど、
神様は、私がそれほど悪人じゃあないことをきっとご存じだと思う。神様が味方になって
くれているなら、それでOKじゃないか!」ってことでした。

すごく単純。

神様が私の味方かどうかなんて、ホントはまるで実感が無かったんですが、なんだか、そ
の時の私は、世界中の人が敵になっても、神様が味方だからイイや、っていうワケの分か
らない信頼感があったんですよねえ。(もちろん、世界中の人を敵に回すような出来事は、
私の人生には無いと思いますが。。。。)

生きていれば、1度は、廻りの人から誤解を受けたり、あるいは人を恨んでしまうような
ことが起こるかもしれません。

でも、そういうとき、「神様だけは忘れず自分のそばにいてくださる。それだけでOK!」
と思える自分でいれば、ずいぶん心強いと思いませんか?

ケイシーのリーディングで、こういうのもあります。
ちょっと長いですが、同じような状況にある方がいたら、この言葉もぜひ心の支えにして
下さい。
「・・・キリストについて、神についての真の知識からあなたを引き離すようなあらゆる
経験、考え方を、あなたの心と意識から取り除きなさい。なぜなら、主がこの世にあった
とき、主はあらゆる種類の愚かな悪意、敵対者に遭われ、それらに涙されたが、それでも
主はただ、ひたすらに与え続け、最後には、その肉体から血を流すまで自らを与え給うた
のである。

あなたの人生の困難は、あなたにとって機会となるべきものである。あなたは生き方にお
いても、言葉においても、主の御前において清い者となることができる。

あなたが今---こうして命の光を輝かしめ、主の愛の祝福に取り囲まれているときに
---主を心から受け入れるなら、主はあなたに知識を与え、理解を与え給うであろう。

主を知るということは、主が為されたのと同じように為すことである。たとえ、この世が
あなたを罵り、あざ笑うとも、あなたが誰を信じているのかをよくわきまえ、あなたが主
の御手にしっかりとすがるなら、主があらゆる経験からあなたを守ってくださることを覚
えよ」262-98

人生、山有り谷あり。

色々なことで、以前の私のように、ちょっと生きているのが辛いなあ、と思う状況に入り
込んでしまったら、今日だけは、自分を信頼してくれている神様に恥ずかしくない生き方、
言動をしよう!って思ってみませんか?

今日だけ、今日だけ、って思いながら、過ごしていたら、きっといつかはトンネルを抜け、
明るい道に出ていると思います。

さらに言えば、困難な時期に、どう過ごすかで、その後の人生が大きく変わってくると思い
ます。その困難な時期に高い道を歩こうと努力するか、低い道に行ってしまうかで、その後
の自分の心の持ちようが変わるように思います。

いかがでしょうか?
なんだか、今回は、ちょっとシビアな内容になってしまいました。
来週は、楽しい話題にしますね。

ちなみに、当時、私が心の支えとした書物に、聖書のヨブ記があります。別に、私はクリス
チャンでもないので、後にも先にも、ヨブ記を読んだのは、その時だけ。
昨年、読み返そうとしたら、なんだか、全く難しくて読めなかったので、きっとその時の心
がヨブ記を読ませたんでしょうね。

ケイシーによると、イエスがメルキゼデクとして生きていた時代に(つまり、イエスの前世
に)、書いたものだと述べています。

なんでイエスの魂はヨブ記を書き残したのか、それを思いながら、一度、お読みになると、
困難について、さらに多くの学びがあるのではないでしょうか?

それではまた!

(有)テンプルビューティフル メルマガ147号 2006年6月9日配信

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