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エドガー・ケイシー流 まぁるい 生活: 0156:あの世の霊との接し方

0156:あの世の霊との接し方

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           ◆◇◆ あの世の霊との接し方 ◆◇◆ 156号
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テンプルビューティフルの光田菜穂子です。

今週、あちこちのお店がお盆休みでした。皆さんは、いかがお過ごしでしたか?

日本の8月は、原爆の日や終戦の日、日航機の墜落の日、そしてお盆と、生きる
こと、死ぬこと、亡き人のこと。そんな生死について考える機会が多いですよね。

このメルマガを読んで下さっている方々は、おそらく、霊的世界の存在を信じ、
この世での死は、あの世での誕生。私たちは、そもそもが霊的な存在って思って
いる方がほとんどだと思います。

「私たちは、生(肉体を持つ世界への移行)と死(肉体を持たない世界への移行)
を繰り返しながら、霊的向上に励んでいる。だから、死は何も完全なる無じゃなく
て、たとえ、愛する人が亡くなって今生ではもう直接会えなくなったとしても、
その人は、違う世界で元気で過ごしているんだ」って思ってる方も多いと思います。

・・・そうはいっても、やはり家族や親しい人たちが亡くなると、寂しいし辛い。
直接、言葉を交わすことができないし、一緒にご飯を食べたり旅行にも行けない。

特に、突然の事故で家族を亡くされた方や幼い子供さんを亡くされた方などは、
私などが想像もつかない辛い時間を過ごされていると思います。

そこで、今日は、亡くなった方々の魂と、私たちはどう接すべきなのか、ケイシー
はどうアドバイスしているのかについて、書いてみたいと思います。

その前に、なんだか日本って、この世に残ってしまっている霊が多い国だと思いま
せんか?守護霊とかの話しではなくて、亡くなった後、ちゃんと行くべきところに
行かず、この世でウロついている霊たちのことです。

以前、霊がハッキリクッキリ見えてしまう知り合いがいたんですが、彼によると、
どこをどう歩いても霊はいるそうで、しかもフツーに朝の通勤電車に乗っていたり
するらしく、私なんて、彼の話を聞くと、霊が見えなくてホントに良かった!って
思ったくらいです。

なんでそういう彷徨える霊が多いのか、その理由はいくつか考えられると思うので
すが・・・

1)生きているときに「人は死んだら、その存在の一切合切が全て消滅してしまう」
って信じていたのに、死んでも自分というものがまだ存在しているので、自分はまだ
生きていると思っている。なのに誰も気がついてくれなくて困惑している。

2)生きているときに、死んだら仏壇やお墓に入ると思っていたのに、そこには自分
の居場所がなくて、どうしていいか分からず途方にくれている(江原啓之さんは、こ
ういう霊がお墓にはよくいるよ、って言っていらっしゃいましたよね)。

3)残された家族があまりに嘆き悲しんだり、自分に対し願い事ばかりするので、心
配のあまりなかなかあの世に行けなくて、タイミングを逸している。

その他もろもろ、パターンは考えられると思いますが、上記の1)2)については、
このメルマガの読者に限っていえば、全然大丈夫だと思います。死んだら行くべき場
所があるってこと、皆さんご存じでしょうし。

私は、死んだら(つまりこの肉体から解き放たれたら)やってみたいこと、行きたい
ところ、知りたいことが山ほどあるので、超特急であの世に行きたいくらいなんです
が、きっと「まだ学びが足らん! すぐにまた修行に出よ!」って神様に言われてし
まうんでしょうねえ。

さてさて、話題を戻して、家族や親しい人を上記の3番のような彷徨える霊にしない
ためにも、亡き人の霊と私たちは、どう接すればいいのか?ですが・・・

ケイシーのリーディングにこんなのがあります。

「夫は私の祈りに気づいていますか?」
「彼に気づいて欲しいのか? あなたは、彼を再び苦しみの力に引き込みたいのか?
それとも自己を明け渡して、彼の幸福を望むのか? 彼と交流している自己満足を得
たいのか? それとも神の約束を信じるのか? 彼を復活の主の御手にゆだねよ!」
1786-2

亡くなった人に対してできること

「時折、祈ることだ。特に早朝に祈ることだ」4938-1

ケイシーは、亡くなった家族の霊に対し、祈りの気持ちを送ったり、その人が生前好
きだった花を家に飾ったりという行為は、ちゃんと亡き人に伝わるって言っています。
そして、祈りの気持ちを送ることは、亡き人があの世にちゃんと行くためのサポート
になるとも言っています。

だけど、日本の場合、こんなこと言ってないですか?
「おばあちゃん、明日の試験、合格するよう助けて下さい!」とか
「おじいちゃん、家族が元気で暮らしていられるよう、いついつまでも見守っていて
下さいね」とか・・・。

つまり、ケイシーが亡き人の助けになると言っているのは「亡き人があの世で幸せで
いるようにと思う祈り(気持ち)」であって「自分本位な願い事」じゃあないんです。
また、その祈りも、亡き人をこの世に引き留めるような強い執着心を持ったものでは
なく、亡き人があの世で安らげるような、安心してあの世で過ごせるような、そんな
祈りの言葉を送るんです(お経などもいいと思うんですが)。

あの世にちゃんと行くことができれば、亡き人は、神様や仏様の御許(みもと)で、
地上では考えられないほど美しい花々や音楽、親しい人たちに囲まれて、楽しく過ご
せるんですから、なにも、この地上に引き留めておく必要はないですよね。

愛する人と会えないのは寂しいけど、愛する人が、天国で毎日楽しく過ごしているほ
うが、よっぽどいいですしね。それに、会えない時間は、魂の歴史からすれば、ほん
の星の瞬きの間だけですし。

ということで、願い事は直接神様に。亡き家族には、祈りの心を。あとは残された私
たちが毎日、元気で過ごしていくことが、亡き人にとって、一番の供養になると思い
ますよ。


それではまた!

(有)テンプルビューティフル メルマガ156号  2006年8月18日配信

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