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エドガー・ケイシー流 まぁるい 生活: 0702:変化するのは地球か、それとも私たちか?

0702:変化するのは地球か、それとも私たちか?

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   ◆◇◆  変化するのは地球か、それとも私たちか?  ◆◇◆ 702号
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(有)テンプルビューティフルの光田菜央子です。

各地で起こる地震や大規模な集中豪雨に、自然の脅威を目の当たりにしている今年。
かつての日本人は、自然と共存しながら、自然に敬意を払いながら生きていたのに、いつのまにか
経済が何よりも優先され、自然と地球環境を破壊しながら、闇雲に突っ走っている人のようです。

いったい、私たちの国はどこに向かっているのでしょうね。

アトランティス大陸が海に沈んでしまった理由は、当時の人々が神を忘れ、唯物主義に走り、
当時、エネルギーシステムとして使われていたクリスタル装置を破壊的な目的に乱用したため、
暴走してしまったことがきっかけだったとケイシーは述べています。

あれ、これって、今の日本と同じ状況じゃないですか。

そんなおり、1997年に日本エドガー・ケイシーセンターの会報に掲載された地球変動に関する
記事を見つけました。サブタイトルは、「変化するのは地球か、それとも私たちか?」


神戸の地震や3.11を契機として意識や人生が大きく変わったという方も多いと思います。
1990年代から、様々なスピリチュアル系のメディアや本を通じて、大災害によって強制的に
人生を変えられてしまう前に、私たち自身が変わる必要があることは何度も言われてきました。

でも、それをなかなか我が事として真剣に考えたり行動を変えるまでには至らなかったのでは
ないでしょうか? たとえ、今日行動を変え、祈っても、それが「効いている」と実感できる
までには長いタイムラグがあったり、あるいは、全く実感できないか。
そのうち、私1人が祈ったり変わっても仕方がないと思い始めたり、日々の忙しさに紛れ、
すっかり元の生活と意識に戻っていたりします。。。


ということで、今日は、地球変動について。
サブタイトルのとおり、今、私たちに突きつけられているのは、変化するのは地球か、それとも
私たち自身か?


なお、記事自体は、1997年に書かれたものなので、ケイシーの予言と1998年以降に予言されていた
地球変動がメインテーマとなっています。また長文の記事でしたので、今日でも十分に当てはまる
部分のみ抜き書きしました。また多少、読みやすく手を入れた部分もあります。
著者は、ARE、ケイシー財団の現会長のケビン・トデッシー氏です。


~ 日本エドガー・ケイシーセンター会報19号記事「地球の変動」から~

予言というものは、その性格として石に刻みつけられた決定的なものではなく、避け得ない運命的
なものということはありません。もし、充分な数の個人が、肯定的な方向へその自由意思を用いれば
未来を変えることは可能です。

その素晴らしい実例として、旧約聖書のヨナの物語があります。ヨナは人々の否定的な想念と
行為によって、ニネベの町が壊滅していくのを予見しました。そしてそれは、神がその町を破壊する
というより、人々が彼ら自身の利己性と互いへの憎しみでもって、その破壊を招き入れるといった
ものでした。

人々を助けるためにヨナは、町が崩れ落ちるという予言をし、結果として人々は一致して彼らの
想念と行為を改めるようにし、団結した自由意思で40日以内という時間で、彼らの予言された
未来を変えることができました。町の壊滅という事態は起こらず、ニネベの町は救われました。

私たちはこういうことができると思います。町の壊滅は不可避なものだったのではなく、
住民達の個人的な変容を通して、変えることのできるものだったと。

彼らは、自らの意志を通して自分を変化させ、それが何をもたらすのかを見ようとしました。
彼らは自分を変えることで町を変えました。破壊的な出来事が彼らを無理矢理変えてしまう前に。

(中略)

実際、リーディング1602-6は、これからどのような変化が起きるのかは不確定であることを
述べています。「・・・来るべき変化についていえば、これまで述べてきたように、人々が理解して
いるところの神の意志に対して、個人として、また、集団として人々がどのような行動をとる
かにかかっている」

(中略)

ケイシーの予言は、本当のところは、地震に関するものではありません。それは新しい世界が
生まれるにあたっての出来事に関するものであり、その変化を通じて私たちの関心のポイントが
焦点を取り戻す機会であるということです。水瓶座の時代の到来において、確定的なことは、
この焦点を取り戻すということです。

私たちの行動、心の態度だけが、私たちの避けがたい運命を創り出すのです。その結果にたどり
つくまでの経験は変化可能であり、それは選択も問題であり、運命ではないのです。

何らかの理由で、私たちはこの地球での目的をそろって見失ってしまいました。そして、この
一連の変化は、何故、私たちはここにいるのか?ということを思い出させてくれるものとなる
でしょう。

私たちの信仰がお金や経済におかれているなら、それは試練にさらされることになるでしょう。
私たちはお金儲けのために地上にきたのではないのですから。

私たちが未来の全ての希望を政治に託しているなら、おそらく政治上の変動をみることになる
でしょう。もし、私たちがあまりに自分たちの立っている地面に信頼をおきすぎているなら、
地震や地形の変動によってその生活をあらためさせられるかもしれません。私たちが関心を
集中していたものが何であれ、それは取り去られてしまうでしょう。

一言でいうなら「一連の変化は、私たちが神を私たちの生活の第一の関心にすえることができる
かどうかを試すテストである」と言えるでしょう。

究極的には、それが個人的なものであれ、集合的なものであれ、一連の変化が起こる唯一の理由
なのでしょう。

私たちの星は、まさに変化の真っ只中にあり、それは個人個人に次のような自覚を促すでしょう。
創造主としての神とともに、私たちは同じファミリーの一員であるという・・・。このことを理解し
経験することが私たちの運命を形づくるものであり、このことが私たちの変化の理由なのです。

(中略)

ちょうどニネベの人々が必然的と思えた変化に直面したように、今日の世界の人々は避けようも
ないプロセスのただ中にあります。私たちが1つの共同体として結ばれる必要はかつてなかった
ほどです。(中略)そしてそれは、地球にあらわれた霊性を持つ存在として、私たちに課せられた
天命でもあるのです。

~以上引用おわり~


さて、何から始めましょうか。

ここに書かれているように、1人1人が単独で変化を起こすとともに、日本に、そして地球に生きる
共同体のメンバーとしての意識を持ち、繋がりのなかで行動を起こしていくことがさらに必要な
時代かもしれません。

ありがたいことに、このメルマガは約2万人弱の方が登録して下さっています。
その2万人の方が、点となり、人と人とを繋ぐ線となって意識と行動を良き方向に変えていけた
なら、微々たるスタートでも、日本をおおうエーテルエネルギーにも良き変化が生じてきそうです。


ケイシーのリーディングに、
『単に善であるだけではなく、具体的な何かのために善であれ』528-8 というものがあります。 

単に自分が善き人に変わるだけではなく、周りの人や地球の貢献になるような生き方になる必要が
ある時代かもしれません。


この夏の間に、自分の何が変えられるか。
日々どういった選択をしていくか。

しばし考えてみませんか?


それでは、また

(有)テンプルビューティフル メルマガ702号  2018年7月20日配信

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