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エドガー・ケイシー流 まぁるい 生活: 0603:世界は喜びをもたらす所か敵なのか

0603:世界は喜びをもたらす所か敵なのか

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     ◆◇◆  世界は喜びをもたらす所か敵なのか  ◆◇◆ 603号
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(有)テンプルビューティフルの光田菜央子です。


先日、友人とこんなことを聞かれました。

「仕事上、いろんな人と出逢ったり旅をしているので、その都度感じたことをブログに
書きたいともう何年も考えているけど、書いたブログを誰かに批判や中傷されるんじゃ
ないかと、それが怖くて、なかなか始められない。ナオコさんはもう何年もブログや
メルマガ書いているけど、批判されるの怖くないですか?」

私は彼女にこう聞いてみました。
「そう思ってしまうってことは、**さんにとって、世の中の人というのは、自分を
傷つける怖い存在ってことですか? でも、自分の人生に喜びや幸せをもたらすのは
誰か人を通してですよねぇ。そっちに思いはいかないですか?」


さて、自分にとって世界は恐怖や不安に満ち、知らない人は自分を傷つける存在なので
しょうか? それとも自分の人生に豊かさや喜びを与えてくれる源でしょうか?


自分が世界をどうとらえているか。顕在意識ではなく無意識でどうとらえているか。
それを知る簡単な方法があります。



・・・それは

自宅の玄関や郵便受けに表札やネームプレートをつけているかどうか。特に独立して
一人暮らしを始めたとき、表札をつけられたかどうか・・・・


「名前が知られると怖いことや不快なことが起こる」「一人暮らしだと知られるとよか
らぬことを考える人が出てくる・・・」

もし、そんな不安や恐怖心で表札やネームプレートをつけていないなら、世界や世の中
の人は自分にとって怖いところである、と無意識で表現しているかもしれません。


コンテンポラリー風水では、玄関を外の世界と自分の世界の接点であり、エネルギーが
流れ込んでくる入口ととらえます。


表札や郵便受けのネームプレートを含め、玄関が世界に対して開かれているのか、閉じ
られている雰囲気や感じがあるのか。
エネルギーが入ってくる入口が喜びに満ちているのか、不安で始まっているのか。


「絶対に玄関には表札をかけて下さい!」と云いたいわけではないんですが、表札を
かけてない人が、かけると決心するまでには、もしかしたら『全幅の信頼を宇宙にお
く』くらいの決意がなければ、かけられないかもしれませんね。

世界は自分にとって良きところである。人々は基本善であり、自分に喜びをもたらして
くれる。私は宇宙を信頼している。何があろうと、自分に起きることは全て良きことで
ある・・・。

表札1つで、いろんな思いが湧いてきます。


表札がかけられている理由、かけられない理由。ちょっと考えてみるのも面白いと思い
ますよ。


・・・かくいう私も実のところ、一人で世界中を旅している知り合い(女性)に、犯罪に
巻き込まれそうになったり怖い思いをしたことはないんですか? と聞いたクチです。

昨年テンプルで講演をしていただいた入佐明美さん(24歳の時に単身、大阪の釜ヶ崎に
移り住み、日雇い労働者さんたちのサポートをされている方)にも、ホントに本当に
何も怖い思いをしたことがないんですか?と二度聞きをしています。

だから、私にも世界はまだまだ怖いところ。恐そうな風貌の人はやっぱり恐いです。


ちなみに、入佐明美さんの講演会を聴いた友人は、本当のスピリチュアルな人というの
は、入佐さんのような人ではないか。その人がどんな人であろうと目の前の人を全面的
に150%の力で信じる。自暴自棄になったり自分が一番信じられないような人の中にある
善なる心や、自分への信頼や自己肯定感を引きだしている。その姿に感銘を受けたと。


入佐明美さんについては、講演会のあと私もこうブログに書いています。

〜ブログから引用〜

質疑応答の時間に「釜ヶ崎で本当に怖い思いをされたことはないんですか?」というも
のがありました。入佐さんの答えは明解で「暴言とかセクハラ発言のようなものはたく
さんありますが、(肉体的に)怖い思いはありません」と一言。

講演会後の食事会で、さらに突っ込んで「ホントに1度もなかったんですか?」と同席
していた友人が訊いてましたが、そこでもやはり入佐さんの返事は「ないですよ」と。

私たちからすると、女性が釜ヶ崎で1人暮らしをしながら仕事をするなんて、狼の群に子
ヤギが1匹迷い込んでしまったよう。警官ですら2人一組になって歩かないと危険な街
だと聞いていたのに、まだ若い20代の女性がたった1人で日雇い労働者さん相手の仕事を
始めようと思い、実際に行動に移すなんて・・・。

(中略)

「この人は自分たちを助けてくれる人だ」 そう労働者の方々は自分のことを認識して
くれていたから、そんなことが無かったんじゃないかなと入佐さんは言われてしました。

・・・ですが、それ以前に入佐さんには、男性対して怖いとか「何かされるんじゃない
か」という疑念や思いが心に全くない。

そういった思いの波動を全く出してないから、相手もその波動に反応しないし出来なか
ったんじゃないかなと思います。「そういう疑いや恐怖心が少ししかない」というのと
「全くない」の違いは大きい・・・。とにかく、ゼロなんですから!

あまりにも清らかな水辺があったら、たとえ手にゴミを持っていても、そこにゴミは捨
てられない。清らかさを汚すことは、たいていの人には出来ないんじゃないかなと思い
ます。

そして、男性に対して「怖い」という気持ちが全くないのは、両親や祖父母に大切に育
てられたから、なんだそうです。

両親、祖父母に対して嫌な思い出が何一つない。労働者の方に「あなたはお父さんに大
切に育てられた方なんですね」と言われたことがあるそうですが、父親に限らず、幼少
期から、男性的で高圧的なエネルギー、権力を振りかざすようなエネルギー、男性の暴
力的なエネルギーを1度も感じることなく大人になった、というのは希有なこと。

(中略)

でも目の前にいる入佐さんの様子をみると、きっとそうなんだなーと思えてきますか
ら、入佐さんの清らかさと純粋さは並外れていたってことなんでしょうね。

〜引用おわり〜


世界は自分の映し鏡だと云いますよね。自分が思うように世界は自分に応えてくれている。


ケイシーのリーディングを紐解いてみると、こんな一文がありました。

『物質的なこと(あるいは三次元世界のこと)は、霊的生活の影であり、反映であると
いうことである』272-7



自分にとって世界はどんな場所なのか。喜びの源なのか敵なのか。
自分のどんな思いがいま反映されているのか。


メルマガを書きながらちょっと考えてみた1日でした。


それでは、また!

(有)テンプルビューティフル メルマガ603号 2016年7月9日配信

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